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My memories・・・思い出の一枚・・・≪飛松誠≫

チームメンバーそれぞれにもっとも思い出に残る1枚の写真について語ってもらう企画です。
第9回目の今回は、入部10年目のシーズンに突入しベテランの風格漂う走りでファンを魅了する、飛松選手に語ってもらいました。


1994年6月25日 全国中学校選抜体育大会(相撲競技)
於:北海道夕張市総合体育館 ※左が飛松選手

小さい頃から体を動かすといいますか、外で遊びまわってるのが大好きな少年で、幼稚園の頃から将来の夢はマラソン選手と決めていました。そんな夢を抱きつつも、小学校時代には、駅伝の他に野球・相撲と数々のスポーツをやってきました。

自分の育った佐賀県鳥栖市の神辺町(こうのえまち)は非常にスポーツが盛んで、小学生は半ば強制的に夏は相撲、冬は駅伝といった感じでやらされてました。
※野球は自主参加?型だったので、小学4年生の頃からの遅めのデビューでした。

その甲斐あってか自分らの時代は、野球はそれほど強くなかった、いや、むしろ弱かったんですが相撲と駅伝は鳥栖市でも強豪の町でした。そんなスポーツ遍歴があっても、中学生になれば迷わず陸上部に入りました。

しかし、中学2年生の夏にひょんなことから借り出されるかたちで、相撲部の県大会に出場しました。そもそも相撲部は2人しかおらず、団体戦は3人制で部員が1人足りずその結果、小学生の時に相撲をしていたという事で自分に白羽の矢が立ち、夏場の一時期に相撲部員となりました。
(よく、野球部の足が速い子が冬場の駅伝で借り出されて出場した等の話は聞きますが・・・)

小学生時代は、パワーでは勝てなくとも、業師として巧みな技術でそこそこ勝てていたのですが、中学生になると、さすがに体格の差がもろに出てきて他の選手にはまったく歯が立たない状況でした。しかし、チームメイトの二人が驚異的に強かったので、決勝まで全て2勝1敗で順調に勝ち進み、ここで勝てば全国大会出場が決まるという中堅戦で自分の一番がきました。

そこでなんと信じられない奇跡が!!体が倍はあるような相手に超マグレの内掛けが決まり、よもやの初勝利をおさめました。この勝利で結果的に優勝を決めたこともあり、新聞にデカデカと載ってしまいました。
(いいところだけもって行った感じです)

まあ、全国大会では百戦錬磨の猛者たちの前に、全く良いとところなく話のネタにもならない感じで終わってしまったのですが、貴重な体験をさせてもらいました。この相撲の経験が現在に至る足・腰を鍛えて、陸上でここまで自分を成長させてくれたと思っています。何事も陸上に繋がっていると信じてこれからも頑張っていきたいと思います。

飛松 誠