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【選手コラム】野村 峻哉「陸上人生」



選手たちに自身について語ってもらうコラムです。
第6回目は、入社1年目の野村峻哉選手に語ってもらいました。



 
 
私は小さい頃から格闘技が好きで、小学2年生のときに極真空手をはじめ、毎日空手の稽古に励んでいました。

中学に入ってからも空手を続ける予定でしたが、そんな私を陸上に誘ってくれたのが中学校の陸上部の顧問でした。

最初は、何度誘われても断るの繰り返しで、陸上に興味もなく空手に夢中になっていたような気がします。そんなある日、地元の地区陸上大会に出てみないかと誘われ、「大会だけなら」と思い、出場を決めました。
この大会は上位3名が地区代表として県陸上大会の出場権を獲得できるもので、私は1500mに出場し、2位で県陸上大会の出場権を獲得しました。
それから県陸上大会に向けて朝練習だけ参加するようになり、朝は陸上、午後は空手と両立していきました。
そして、県陸上大会当日、結果は惨敗でした。

このときの悔しさと顧問の先生の勧誘がきっかけで、私の陸上人生が始まりました。
 
 
その後、空手を辞め、陸上一本に絞り、日々陸上に打ち込んでいきました。陸上部に入ってからは記録もどんどん伸びていき、たくさんの全国大会を経験させていただきました。

中学卒業後はたくさんの勧誘をいただいた中から、憧れの先輩(現:旭化成陸上部の大六野選手)がいた鹿児島城西高校に入学を決めました。高校でも陸上に打ち込み結果を出していきました。

大学は箱根駅伝常連校でもある東洋大学に入学し、箱根駅伝を目標に力をつけていきました。

写真提供:東洋大学スポーツ新聞編集部

この写真は、3年時に夢でもあった箱根駅伝で9区を走り、区間賞をとった時の写真です。
襷を渡したところまではなんとか記憶がありますが、渡した後は力を出し切ってあまり覚えていません。区間賞を知らされたときは、嬉しい反面、チーム目標の優勝に届かず悔しい思いが強かったのを覚えています。
 
 
そして、現在この安川電機陸上部で競技を続けさせてもらっています。
陸上でこんなにたくさんの経験ができているのも、中学時代に諦めず陸上部に誘い続けてくれた先生のおかげです。この先生がいなければ今の私は陸上をやっていないと思います。本当に感謝しています。

私は走りでしか恩返しができません。
まだまだ力のない自分ですが、応援してくださる方々、支えてくださる方々のためにも、安川電機陸上部で走り続けます。

安川電機陸上部
野村 峻哉