自己紹介
漆畑 瑠人
今年も厳しい夏の暑さがやってきました。
はじめまして。2023年入社の漆畑瑠人です。
新人でブログを担当するのは私がトップバッターということで、真面目に自己紹介をするか日常を書こうか悩みましたが、まずは私自身を知っていただこうと思い、今回は自己紹介を書きたいと思います。
私は鹿児島県の薩摩川内市出身で、生まれも育ちも鹿児島です。
皆さん鹿児島といえばどんなイメージがありますか。
火山が活発、島が多い、自然が豊か、海がきれい、田舎、ご飯が美味しい、世間一般的な鹿児島のイメージは都会というより田舎で自然が多いという印象だと思います。
そうです、その通りです。私の育った薩摩川内市も田舎でした。(一応新幹線は止まります)最近ドン・キホーテや都会に多くあるチェーン店が出店し始め、街並みが変わってきているんだとか。
生まれ育った故郷が変わって発展し続けていることに嬉しい気持ちもありつつ、少し寂しい気持ちもあります。
そんな田舎町で育った私は、小、中学生時代は外で遊ぶのが大好きな少年でした。
公園で友達と野球やサッカー、ドッチボール、バスケットボールなどをして遊んでいたので、昔からスポーツが得意でした。
小学4年生から少年野球チームに入り、本格的に野球を始めました。チームは、当時全国大会が30回開催されていたうち10回出場しているような県内でも強豪チームでした。6年生ではキャプテンを務め、1番バッターでキャッチャーをしていました。この当時のチームメイトがチームのエースとして甲子園に出場しました。私の自慢の友達です。その後中学でも野球を続け、県大会準優勝できたことは良い思い出です。
中学3年の夏、野球部を引退した私に転機が訪れます。陸上部が駅伝大会に出場するために助っ人として出場してほしいと当時の陸上部の先生からオファーがありました。
長距離は得意でしたが、正直好きでは無かったため、乗り気ではありませんでした。しかし、チームのためにという気持ちで練習に励み、
駅伝大会当日は1区を走って3番という成績を残せました。この瞬間に「陸上をやりたい!」という思いが目覚めました。
そこからご縁あって鹿児島城西高校に進学し、本格的に陸上を始めることになりました。当時の同期は中学時代県内でトップを取っていた選手もおり、私はチーム内でもタイムが遅く、練習についていくこともできませんでした。そんな中諦めることなく練習を重ねて力を付け、全国インターハイ1500m、3000m障害出場、県高校駅伝で初優勝し全国高校駅伝に出場して1区を走りました。都道府県対抗駅伝にも出場し、4区区間6位で鹿児島県チームの6位入賞に貢献出来ました。
大学は箱根駅伝を走りたいという思いから、東京都にある明治大学に進学しました。名前を聞いたことがある選手が多く在籍していて競争も激しく、
なかなか思ったような成績を残すことができませんでした。4年目の箱根駅伝は10区アンカーを走りましたが、結果は12位でチームのシード権獲得に貢献することはできませんでした。
大学で思うような結果が出ず悔しい思いをして、まだまだ自分は強くなれると思い実業団でも競技を続ける事に決めました。
進路を決める中、縁があって安川電機に入社をしました。
会社の方々からの熱い応援と、ご支援を受けて競技を続けられています。この環境があることに感謝の気持ちを忘れず、チームの最大目標である九州実業団毎日駅伝とニューイヤー駅伝で優勝、個人では日本選手権で優勝という目標を達成できるよう頑張っていきます。これからも安川電機陸上部と漆畑瑠人の応援をよろしくお願いいたします。