2025年度の振り返りと2026年度の目標

合田 椋

 この春から入社5年目になりました。合田 椋です。

もう5年目だなんて、この前入社したばかりなのに、、社会人になってから時の流れの早さをより感じるようになりました。

 さて、4月になり2026年度がスタートしましたが、新たなスタートを切る前に一度昨年度の振り返りを行ってみたいと思います。

2025年は自分にとって激動の一年でした。そんな激動の模様を3部に分けてお話しします。

1部.【故障からの立ち上げに苦労した4月~6月】

この期間は1月~3月に患った故障からの立ち上げにかなり苦労しました。普段なら長期離脱後は余裕をもって段階的に立ち上げるのですが、

4月12日に日本選手権10000mが控えていたので、急ピッチで仕上げていきました。

これがよくなかった。。1か月半に及ぶ故障期間で体の状態はかなり落ちていましたが、ずっと目標としていた日本選手権の舞台に万全の状態で臨みたいという焦りが故障を誘発してしまいました。走っては故障、走っては故障、、

何とか日本選手権のスタートラインに立つことができましたが結果は19人中15位(28分53秒)と、もちろん満足のいく結果ではありませんでした。

2000m過ぎで先頭集団からこぼれてしまい、一人後方で耐えるだけのレースとなってしまいました。憧れの舞台を走りきれた達成感とその舞台に万全の状態で臨むことができなかった悔しさで複雑な心境でした。

5月~6月は少しづつ軌道に乗ってきましたが、目標としていた5000mの日本選手権標準(13分38秒)を切ることはできず、不完全燃焼のままホクレンシリーズへと移行していきます。

2部.【復活の兆しが見えた7月~10月】

7月のホクレンシリーズは3戦出場しました。

約1週間で3レースに出場したことなど今までになかったので、新鮮でした。結果は以下の通り。

7/12「ホクレン千歳3000m7分57秒」7/16「 ホクレン北見5000m13分56秒」7/19 「ホクレン網走5000m13分50秒」

千歳の3000mでは自己ベスト&自身初の7分台を出すことができ、やっと4~6月の苦労が報われた思いでした。北見と、網走の5000mのに関しても暑さ&連戦の疲労を考慮すると決して悪い結果ではありませんでした。

少しずつ状態が上向いていることを確認し、夏合宿に入っていきます。

夏合宿(7月末~9月初旬)では大きな故障なく、順調に距離を踏み秋冬シーズンに向けて土台を構築することができました。

9月~10月は5000mを1レースずつ走り、13分43秒、13分45秒と物足りないながら、最低限まとめることができコンスタントに自己ベスト付近で走れるようになっていました。

3部.【準備が形となった11月~2月】

11月~2月はこれまでの準備(4月~10月の期間)が形として表われた期間でした。結果は以下の通り。

11月3日 毎日駅伝 1区区間2位(三菱重工の近藤君にラストやられました)

11月22日 八王子LD10000m27分48秒 自己ベスト(45切りたかった~)

11月30日 NCG5000m13分29秒 自己ベスト(世界の三浦龍司選手のラスト100mは次元が違いました)

2026年

1月1日 ニューイヤー駅伝 3区 区間11位 (4人を抜きましたがチームへの貢献度は低かった、、)

2月1日 丸亀ハーフ60分55秒 自己ベスト (大阪マラソンに繋げるレースができた?)

2月22日 大阪マラソン 2時間06分51秒 MGC&新人賞獲得(レース前はビビってましたが、初マラソン楽しかった)

といった感じで個人的には満足のいく結果を残すことができました。これらの成果をだせたのもうまくいかなかった期間から自分を信じて愚直にやるべきことを継続した結果だと思います。

もちろん、いつも指導してくださっているチームのスタッフや、チームのメンバ、その他関係者の皆様のおかげなのは言うまでもありませんが。

いつも、恵まれた環境で競技ができていることに感謝しております。

(↓チームの皆様)

 さて、2026年度はどんな年になるんでしょうか。さらに飛躍できるシーズンにしたいですね。

ここに4つの目標を書いて残しておきます。答え合わせは1年後!

5000m日本選手権決勝進出(6月)

100000m日本選手権8位入賞(12月)

ニューイヤー駅伝6位入賞(1月)

大阪マラソン2時間5分台(2月)

ではまた!

 

 

 

 

 

 

合田 椋 RYO GODA

1999年08月08日生まれ

岡山県倉敷市出身

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