「来世ではサッカー選手になりたいです」

九嶋 恵舜

 

こんにちは!

今回、5回目のブログを担当します.

九嶋です。

 

今年も暑い夏がやってきましたが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか?

私は、一足先にアツい日々を過ごしました。

それが4年に1度のサッカーの祭典「FIFAワールドカップ2026」です。

 

今回のブログでは「ワールドカップ」についてお話します。

 

私は幼稚園から小学4年生までの5年間サッカーをしていました。”真剣に”というより”楽しむ”という目的で、週に1度あるサッカークラブに通っていました。サッカークラブに入っていたので大会も出たことがあります。私のクラブは人数が少なかったので、1人で選手入場をして、自分と同じ境遇の子と合同チームを組んで試合に出ました。もちろんポジションはありません。

5年間サッカーをやりましたが、試合成績は「0ゴール0アシスト1オウンゴールアシスト…」覚えているプレーは味方のシュートを顔面でブロックして鼻血を出しながらプレーしたことです。

 

私にサッカーの才能はありませんでした…

 

それでもサッカーは大好きで、小・中学生の時は、昼休みはほぼ毎日サッカーをし、夕方に父とのランニングを終えてからは弟と日が暮れるまで地元のグランドでサッカーをしていました。

(サッカー時代 全盛期)

(一人で選手入場)

 

サッカーを辞めて3年後の中学1年生の時に「2014ブラジル・ワールドカップ」を観戦しました。その時は日本代表の「本田選手」しか知らず、ひたすら日本代表を応援していました。朝早くの試合だったので、弟と起きれるようにリビングで寝てテレビ観戦したのを覚えています。その頃はまだワールドカップという大会に特別詳しくはありませんでしたが、予選敗退した時は本当に悔しく落ち込みました。その日の学校で友達と反省会をしたのはいい思い出です(笑)

 

高校2年生の時には「2018 ロシア・ワールドカップ」を観戦しました。もちろん日本代表の応援です。この頃から寮生活だったので、寮生のみんなで日本代表を応援しました。日本代表は予選を通過し、ベスト16でベルギーとの一戦。2点を先制した時にはみんなで大盛り上がりしました。しかし試合終盤に追いつかれ、ロスタイムの最後の最後で逆転された「ロストフの悲劇」は忘れることはないでしょう。思い出すだけで悔しい・・・。

 

前回大会である「2022 カタール・ワールドカップ」は大学3年生の時に観戦しました。大学時代はサッカーが好きなコーチ(広佑さん)に色々教えてもらっていたので、よりワールドカップを楽しく観戦できました。(その時は日本代表とアルゼンチン代表を応援)

日本代表は、予選で2度のアップセットを成し遂げ予選通過するも、ベスト16でクロアチアとPK戦の末敗退。

カタール大会は決勝が劇的すぎて、一生忘れることはないと思います。箱根駅伝前だったので、リアルタイムでは見れず録画での観戦でしたが、本当に感動した試合でした。

 

そして迎えた「2026 北中米ワールドカップ」。社会人になった私は、ユニフォームを購入し、配信サイトに加入し、応援の準備を最大限整えて観戦しました。日本代表戦はもちろん、他国同士の試合も見ることができる試合はできる限り観戦しました。

どの試合にも、それぞれの国の誇りやサポーターの熱い思いに心動かされました。ゴールが決まった瞬間の歓喜、勝利への執念、そして敗戦後に流す悔し涙。その一つひとつの場面に心を動かされ、改めてワールドカップという大会の特別さを感じました。日本にはベスト8達成してほしかった…。

 

住んでいる場所や文化、言葉が違っていても、全力で喜び、悔しがり、選手たちを応援する気持ちは世界共通です。そんな世界中の人々の思いが交わる瞬間こそが、ワールドカップ最大の魅力なのだと思います。

 

 

毎大会、終わると4年後の自分を想像します。29歳…何をしているのか。

2030年はスペイン・モロッコ・ポルトガルで開催されます。

目標は「現地観戦」です。

肌でスタジアムの熱気を感じ、世界中のサポーターと喜びや悔しさを分かち合い、テレビ越しでは味わえないワールドカップの空気を体感したいと思っています。

 

そして、

「来世はサッカー選手になりたいです。」

 

 

サッカーを一緒にしてくれる人・観戦してくれる人、探してます!(笑)

 

今回も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

 

【最後に「九嶋」のおすすめの一曲】 (聴いた感想も待ってます笑)

曲名:「NIPPON」 

アーティスト名:「椎名林檎」

九嶋 恵舜 KEISYUN KUSHIMA

2001年11月01日生まれ

宮崎県西諸県郡出身

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